2009年10月30日

クスコ生活

クスコへ戻った翌日、
ソレダがサクサイワマンへ連れて行ってくれました。

サクサイワマンはクスコ北西に広がる広大な遺跡です。
6月にはインティ・ライミの舞台にもなるところです。

早朝、係員が来る前に行くとタダで入れるとのことで
朝6時に出発しました。

サクサイワマンに着いて、
「写真撮ろうかな」としたところでアクシデント。
カメラ、落っことしたら壊れてしまいました。
ので、以下サクサイワマンの写真は
ソレダのカメラで撮ったものです。

↓サクサイワマン
 (なぜか白黒モードになっていることに
  2人ともしばらく気づかなかったのです)
DSCN0974#.JPG

サクサイワマンの石組みに使われている石は
他の遺跡よりかなり大きく、5mくらいあるものもあります。
そんなもんどうやって運んだり加工したりしたんでしょうか?

↓サクサイワマンよりクスコを見下ろす
DSCN0979#.JPG

この遺跡は本当に大きくて、
観光客が行くメインの場所だけでなく
ずっと奥まで続いているとのことです。
ソレダのガイドでそんなところも見ることができました。

↓いたるところにアンデネス
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途中にはペルーらしい動物も放牧?されていました。

↓アルパカ
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↓ビクーニャ
 ペルーの国旗にも描かれている動物ですが
 乱獲などにより数がとても少なくなっているそうです
DSCN1018#.JPG


午後は壊れてしまったカメラを修理できるところを探しまわって
ようやく一件やってくれるところを見つけました。
いろんな人に尋ねながら目的にたどり着くことができるくらいの
スペイン語はできるようになってて良かったです。

それでもその日の内には修理が終わらず、
プーノ行きを遅らせて、もう1日修理に出すことにしました。
それでも直るかどうかはわからないみたいでしたが、
新しいの買うよりは安いのでお願いしました。

※何とか直りました!!なんか動作怪しいけど。
 ワカチナ以来調子悪かったズーム機能まで復活!
 ペルー人もなかなかやります。
 朝9時に預けにきて、夜8時にピックアップに来い
 って言っといて、朝行ったらまだ開いてないし
 夜取りに行ったらもう閉まってるし。
 その辺はペルーらしいいい加減さでしたが。
 電話して呼び出したよ!スペイン語で!!


それにしても、プーノ行きバスの日程変更の時も
わざわざ一緒にきてくれて交渉してくれたり、
クスコの街や親族の家々などもいろいろ案内してもらったり
何かとソレダにはお世話になりっぱなしでした…。


以下、写真。

↓クスコと言えば?12角の石
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↓地球の歩き方に乗ってた14角の石(門の右側)
 でもソレダ曰くオリジナルではないらしい
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↓土曜に行われるバラティーヨ(泥棒市)
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↓線路の上でペット屋さん
 犬や猫が1匹=約S/.30(約1,000円)〜
 ちなみにクルチャンはS/.15だったそうです
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↓キッチンも専有できるので自炊してました
 この日はチャーハン
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 親子丼の日もあって自分では上出来だと思ったけど
 ペルーの人にはちょっと薄味だったようです
 一応「RICO!」とは言っていたけど
 最後のトマトパスタが一番好評
 味濃くしたもん



そんなこんなで長居したクスコですが、
楽しい思い出になりました。
今日夜行でプーノに向かいます。

↓ソレダと学友のウィリー
 ウィリーは翌日テストなのに
 このあとべろべろに酔っぱらってました
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posted by Yoshimochi at 04:26| Comment(2) | クスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

聖なる谷巡り

クスコやその近郊には6000mクラスの山々に囲まれた
聖なる谷と呼ばれている地域があります。
そこにはかつてインカ帝国の重要な都市や村々があり、
今もその面影を残しているとのことです。
マチュピチュの帰りにいくつか回ってきました。


マチュピチュ村から電車に乗って約2時間、
あっさりオリャンタイタンボまで戻ってきました。
ここはインカの時代の宿とも要塞とも
いわれているところだそうです。
スペイン軍に反旗を翻したインカ軍が
立て籠った場所ともいわれています。
村の背後には遺跡もあり、
ここもなかなか見ごたえがありましたが、
素朴な生活風景を残す村自体がとても素敵なところでした。

↓インカの石組み、水路をいまだに使っている村
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↓水路で遊ぶ子供たち
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↓村の裏側には山肌に沿って遺跡が残る
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↓遺跡から村を見下ろす
 反対側の山にも遺跡
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↓村の中にもインカの遺跡が残る
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↓素朴な造りながら寛げたオリャンタイタンボの宿
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オリャンタイタンボで1泊したのち
翌日はウルバンバを経由し、
マラスの塩田、モライ、チンチェーロと寄り道をして
クスコへ戻りました。

マラスは標高約3000mの高地に塩田がある不思議な場所で
インカの時代から貴重な塩を採取していたところです。
塩分の濃い温泉が湧き出していて、
インカの人々はそれを見逃さず、
棚田へ流し込んで塩を取り出していたそうです。
(水路を流れている水を舐めたら、確かにしょっぱかった)

↓塩田へ向かう道
 いたるところで放牧がおこなわれていて
 本当にこんな場所で塩が採れるのか?って感じ
 放牧してるのはみんな子供たちでした
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↓山肌に広がる塩の棚田
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↓働く人たち
 3日ごとに水路から水を入れては天日に当てて、
 を30日間繰り返すんだと言ってました(多分…)
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↓この塩田も石組みでできています
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次にモライというところへ。
ここにはインカ時代の農業試験場跡があります。

↓モライ
 最上部と最下部では温度差が5度以上あるそうで、
 それを利用して異なる品種を栽培していたらしいです
 インカの人々は賢いですねえ
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最後にチンチェーロという町に寄り道。

↓チンチェーロの教会
 インカの要塞の基底部だけを残して教会が立つ
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↓チンチェーロの家々
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そして再びクスコへ帰ってきました。
やはりソレダは元気いっぱいでした。


posted by Yoshimochi at 04:49| Comment(2) | クスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マチュピチュへ行ってきました。

サンドラの家に荷物を預けて
4泊5日でマチュピチュ&聖なる谷を回ってきました。

マチュピチュへは電車で行くのが早くて簡単ですが、
片道US$31〜と高いので、節約する人は
バスと徒歩を組み合わせて行っているようです。
僕も行きはその方法で行くことにしました。

20日朝8:30頃に出発しましたが、
ソレダが親切にもバスターミナルまで一緒に来てくれたので
全く迷うこともなくバスに乗ることができました。

そのバスで約5時間かけて
まずはサンタ・マリアという町まで行きます。
そこでコレクティーボに乗り継いで約1時間、
次はサンタ・テレサという村を目指します。
サンタ・テレサに着いたのは16:00頃で、
一気にマチュピチュ村まで行けなくもない時間でしたが、
事前に立ててた予定通り、この村に1泊することにしました。

↓サンタ・テレサのメインストリート
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このルートでマチュピチュへ行く旅行者も少なくないため
宿やレストランは数件ありましたが、
これといってすることのない村でした。

アレキパでコルタサルと交換してもらった
スタインベックを読んで過ごしました。
やっぱりアメリカの文学はフォークナーや一部を除いて
フランスやロシアなどと違い、
モチーフやアプローチなどすべてにおいて
直接的というか単純というか素直というか。
スタインベックは特にそんな感じ。
その分、読みやすいともいえますが、
それでもそれを好ましく読めるようになったのは
僕も年をとって素直になったからでしょうか。
3分の2くらい一気に読んでしまって、
慌てて読むのをやめました。


翌朝、メルカドで朝食を済ませ、
コレクティーボ発着場所に行きましたが、
同乗者がなかなか揃わず、
結局この村で朝食をとっていたツアー旅行者のバンに
同乗させてもらうことになりました。

そして向かったのは「水力発電所」。
その脇から線路沿いをマチュピチュ村へ向けて歩きです。

↓徒歩スタート地点の様子
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線路の上は案外歩きにくく、結構疲れました。
山の上の方に遺跡らしきものが
見えたりするのに励まされながらも、
あまりほかに歩いている人も多くなく
ほんとに道があってるかどうか不安になりながら
ひたすら歩くこと約2時間半、
無事マチュピチュ村に到着しました。
このルートで来ると片道所要わずかS/.23(=約US$8)でした。
                ※交通費のみ

↓マチュピチュ村
 まるで日本の温泉郷のよう
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この村はさすがにツーリスティックですが
結局マチュピチュへ行く以外にすることはあまりありません。
順序が逆のような気もしましたが、
村の奥にある温泉へ行ってきました。
温泉と行っても水着着用、プール感覚。
水温も低いのでいまいちだったかな。
関西おばちゃん3人組みがやかましかったし。

この日は翌朝に備えて早めに就寝。

そして翌早朝4:30頃にマチュピチュ行きバス停に行くと
もうすでに200人くらいの旅行客が並んでいました。
というのも、マチュピチュの遺跡を見下ろす
ワイナピチュという峰には1日400の入場制限があって
その整理番号を取得するために朝からみんな並んでいるのです。
5:00になる頃にはもう400人以上の行列になっていた気がします。
マチュピチュ遺跡の入口まで徒歩で行っている人たちもいるので
これはどうなるかなあと思っていましたが、
何のことはない「69番」でした。

ということで入場と同時にとりあえず遺跡の一番奥にある
ワイナピチュ入口へ向かいました。

↓ワイナピチュ入口
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ワイナピチュ山頂までの高度差はわずか250mながら、
「馬の背」を思わせるなかなかの急勾配でした。
そこを登り切ると眼下にマチュピチュの全景が広がっていました。

↓ワイナピチュより
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左に見えるのがハイラム・ビンガム・ロード。
マチュピチュ村から遺跡まではここをバスor徒歩で登る。

やっぱり来てよかったなあと思いながら
しばらく空中都市の眺めを堪能した後、
ワイナピチュのさらに奥側にある月の神殿なども回りました。

↓眼下には昨日歩いてきた川沿いの道が見えました
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ワイナピチュから戻って
改めてマチュピチュの見学をしました。

↓ぴったりと組まれた石組はさすがです
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↓精巧な水路
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↓そして定番の角度
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↓リャマも放牧されています
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↓この角度もいいです
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一通り見終わったしそろそろ疲れたので
戻ろうと思い始めたころ、
だんだん空が暗くなり雨が降り出しました。
ちょうど晴れてる間に見学できてラッキーでした。
このころから団体ツアー客なども
増え出していたのですが気の毒です。

帰りはハイラム・ビンガム・ロードを歩いて戻るつもりでしたが
なかなか雨がやみそうにないので、
バスに乗って村へ戻りました。

↓戻って昼食はチチャロン
 豚ブロックをラードで上げたやつ
 ここのは結構おいしかった
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帰りも歩き+バスにしても良かったのですが、
電車にも乗ってみたかったので、
帰りは電車にしました。

↓青い電車に乗っかって
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この電車でオリャンタイタンボというところまで。

オリャンタイタンボをはじめとし
クスコ周辺にはインカの名残をとどめた
聖なる谷と呼ばれる地域があります。
帰りついでにその町や村をいくつか回ったので
それは次の記事で。


posted by Yoshimochi at 04:38| Comment(2) | クスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

クスコの家

アレキパから夜行バスに乗って
サンドラと一緒にクスコに来ました。

クスコの「CASA DE SANDRA」は
サンドラの姪、ソレダが管理?しています。
ソレダは何か喋り方が面白い人で
特に「Si(=Yes)」の言い方がなんか面白い。
どう面白いかここでは説明できませんが。

↓アレキパより近代的な家
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着いたその日は2人についてサンドラの姉妹宅を訪問しました。

↓ソレダの家からクルチャン(犬)を連れて
 別の姉妹宅へ向かう
 後ろを歩いてくるのがソレダ
 サンドラがえらいオメカシしてました
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↓サンドラの妹?エリザベス宅の裏にて
 働く女たち(黄色がエリザベス、たぶん)
 ちょっと手伝っただけだけど、手に豆ができました
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この辺のアドベ(干しレンガ)は
土のせいか赤っぽいのが特徴でした。

↓アドベを干すインディヘナ
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その日の夕食後、エリザベスともう一人が連れ立ってやってきて
なかなかの迫力のムヘール4人と一緒にディスコテカへ。

↓クスコのディスコテカ
 地元民ばかりのとこでした
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サンドラ&ソレダがノリノリ。
サンドラはこれが楽しみでたびたび
クスコに来てるんじゃないかと思うほどでした。



今日は日曜日なのでかどうかはわかりませんが
セメンテリオ(墓地)へ行ってきました。
サンドラの姉=ソレダのお母さんは昨年亡くなられたとのことです。

↓セメンテリオ
 各小部屋?に1人or2人がお眠りのようです
 高いとこへお参りの人ははしごを使ってました
 地面には古い道の跡
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そのあとはクスコのセントロやメルカドなどを
ぶらぶらして帰ってきました。

↓インカの石積みが残る町並み
 ソレダは大学で考古学を学んでいるので
 いろいろ説明してくれました
 (なんとなく分かりました)
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↓PLAZA DE ARMAS
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↓いろんな色のマイス
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↓干しアルパカ!?
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今夜サンドラはアレキパへ帰ってしまします。

明日またクスコの観光をしたら
マチュピチュへ行く算段をたてようかなあ。


↓サンドラお手製「アヒ・デ・ガジーナ」
 あんまり辛くないけどカレーに似たペルー料理
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ついにバトン&ブラウンGPがチャンピオンかあ。
HONDAは何かかわいそう。。。

posted by Yoshimochi at 06:55| Comment(4) | クスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

Cañón del Colca

アレキパ近郊にCañón del Colcaなる景勝地があり
サンドラ家に荷物を預かってもらってショートトリップしてきました。

アレキパのバスターミナルを14:00に出て、
アルパカの放牧されてるパンパなど
アンデスらしい景観を眺めながらバスに揺られ、
カバナコンデに到着したのは21:00になっていました。

とりあえずPlazaに面した宿に入り、
まだやってた半屋台のような店にビールを持ちこんで
Salchipolloでディナーを済ませ、サッサと寝ました。

↓カバナコンデのPlaza
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翌朝6:30のバスに乗って展望台のある
Cruz del Condorへ。
その名の通り、渓谷にコンドルが舞う姿が見られる場所です。

↓渓谷
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着いてすぐは人も少なく、
コンドルも2羽ほど下の方を飛んでいるだけでしたが、
次第に観光客が増えてきたころには
10羽を超すコンドルがかなり近いところまで上がってきました。

↓渓谷に舞うコンドル
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↓観光客の近くまで
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来る前はコンドルより渓谷に興味があったのですが
来てみるとコンドルの迫力はなかなかで結構見とれてしまいました。

↓朝、同じバスでカバナコンデから来て
 露店を拡げるインディヘナのおばちゃんたち
 きれいな刺繍の帽子とロングスカートが特徴
 帽子の折り方が既婚・未婚などで異なるそうです
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一気にアレキパへ戻ってしまうこともできましたが、
時間もあることなので、またバスを拾ってチバイの町へ。
チバイは小さい町ながらコルカ観光の拠点として
意外に観光化されていました。

↓チバイのPlaza
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↓何かしらのアニバーサリーのようでした
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それでもほんの少しPlazaから離れると
素朴な農村風景が広がっていました

↓掃除中の村人
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↓インディヘナのおばちゃんの後姿
 きらびやかな刺繍の帽子
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↓山道からチバイの町を見下ろす
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そんでチバイでも一泊し、翌朝のバスでアレキパへ戻ってきました。

↓バスターミナルで遊んでたインディヘナの子供
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↓子山羊?と子供
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↓なぜかバスターミナルにアルパカ
 上の山羊やアルパカもバスのトランクに入れられて
 山の上まで運ばれて行きました
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アレキパではまたサンドラの家に戻り、
2泊くらいしてクスコに移動しようと思っていたら
ちょうどサンドラも同じ日にクスコへ行くとのことで
一緒に行くことになりました。

6月に「Casa de Sandra CUSCO」を新たに始めたらしいので
とりあえずそこに行ってみます。


↓今日のCERVEZA EN CHIVAY
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↓今日のPISCO EN AREQUIPA
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↓サンドラが作ったピスコサワー
 なかなかいけました
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 ピスコと卵白とレモンと砂糖ちょっとを
 氷と一緒にミキサーで
 最後にシナモン




朝霧、地味。。。



posted by Yoshimochi at 00:17| Comment(3) | アレキパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

アレキパの家

ペルー第二の都市、アレキパに来ています。

宿泊先は「サンドラのいえ」。
父ペドロと母サンドラ、息子3人+犬2匹と
ここに住んで仕事もされてる日本人女性の家ですが
おもに日本人旅行者向けに一部部屋を開放しています。
(でも今旅行者は僕一人)

アニの家以来のホームステイ状態ですが、
ここはアニ家とは違って、みんないい人。

ペドロは寛大な働き者で、サンドラもやさしいお母さんって感じ。
何より息子3人がとても仲良く、かつ親孝行で、
家事や仕事を積極的に手伝っています。
本当にいい家族って感じ。


着いた当日はサンドラ家の買い出しの日だったらしく
くっついて行って市場見学したり、
翌日は次男の大学受験のお迎えに行ったり。


↓そんなに海は近くないけど魚介類が豊富
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↓ブタのしっぽ
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↓羊の頭のスープもアレキパ名物のようです
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通常朝・夕食付ですが、土日は昼食も作ってくれました。
洗濯機もあるし気候はいいし、
長居しちゃう条件がばっちり揃ってます。


アレキパのセントロまでは家から歩いて30分弱かかりますが
とりあえずちょろっと観光もしてきました。

↓橋の上からミスティ山とチャチャニ山を望む
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↓プラザ・デ・アルマスとカテドラル
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↓Ciudad Blancaと言われるだけあって
 白い壁の家並みも
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↓夜
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近郊にグランドキャニオンより深い渓谷があるそうなので
明日から行ってこようと思います。

↓ペドロ&サンドラです
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posted by Yoshimochi at 11:19| Comment(6) | アレキパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

ナスカの地上絵

ナスカといえば地上絵。

でもなぜか出国前から行こうという
モチベーションの湧いてこなかった所。
ナスカが近づいてきてもそれは変わらずでしたが
それでも行った方がいいという声にも押されて来ました。

ナスカの町は小ぢんまりしていますが
さすがにツーリスティックです。
今回の旅行でこんなに日本人の団体を見たのは初めて。

↓ナスカのプラサ・デ・アルマス
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到着した日は翌朝のフライトを手配して
ナスカの墓なるところへ。

↓ナスカの墓のひとつ
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もっとワッケーロによる盗掘の跡が
生々しく吹きっさらしで残ってるかと思って期待してましたが
ちゃんと管理されちゃってて期待外れ。


そんで、翌朝はちゃんと乗りましたよ。

↓セスナ
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パイロット+6人乗りの比較的小さいセスナで
地上絵よりもセスナの乗れたことが楽しかったかも。
両側の客に地上絵を見せるため、
ぐるぐる旋回するので、船も車も大丈夫なはずが、
さすがにちょっと気持ち悪くなりそうでした。

↓Astronautというよりガチャピン
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↓コンドル
 実際はもうちょとはっきり見えました
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↓ハチドリ
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↓上空よりミラドールと手と木
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んで、そのあとミラドールにも行きました。

↓ミラドールから見た木
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感想はやっぱり地上絵を見たよって言うだけかなあ。
それに思ったより小さかったかなっ?
勝手に巨大なのを想像してただけだけど。
セスナは楽しかったけどね。


サッサと観光は終えたので、
今夜アレキパへ移動します。




ところでペルー国内では、賛否両派あれ、
フジモリ元大統領は依然なかなかの人気のようです。
ちょっと郊外へ出るといたる所に
「FUJIMORI INOCENTE」などと書かれているのを見るし、
娘のKEIKO氏は次期大統領候補の一人になってるようです。

↓ナスカにはこんな横断幕も
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それにしてもF・アロンソ+フェラーリは楽しみだ。


posted by Yoshimochi at 04:06| Comment(2) | ナスカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

砂漠のオアシス・ワカチナ

なんでだか長居してしまったリマを離れ
ワカチナという所へ行ってきました。

リマから南へバスで5時間の所にイカという街があり、
そこからタクシーで10分くらいの所にある砂漠のオアシスです。
(イカは泥棒・強盗の噂をいろいろ聞いていたので
 即刻離脱しました。)


話には聞いていましたが、結構リゾート化していて
欧米人がいっぱい。
砂漠をサンドバギーで走ったりサンドボードで滑ったりする
アクテビティが人気のようですが、
一人でそんなツアーに参加するのも気が乗らず不参加。
(お勧めもしてもらったんだけど…。)

町はとても小さいので
そうするとまあ、やることはなく
ひたすらボーっとしてました。
リマとは違って太陽が出てて気持ちいい。
Everybody Loves The Sunshine.

↓砂漠に登って町を見下ろす
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↓別角度
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↓オアシス
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↓夕暮れオアシス
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↓ネコとシエスタ
 人懐こいネコで、宿の中にいるうちずっと後を付いてきてた
 部屋にも入ってきちゃうし
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↓砂漠に沈む夕日
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ちょっと街から近すぎる気はするけど
反対側はずーっと砂漠だし、
いかにもオアシスって絵のところでした。

んで、ワカチナに2泊して移動し、ナスカまで来ましたよ。



posted by Yoshimochi at 04:23| Comment(3) | ワカチナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

プカルパ紀行

5カ月目に入りました。

今はリマからアンデスを越えた
アマゾンへの玄関口プカルパという街にいます。

ここはセルバと呼ばれる地帯で
これまでペルーで訪れた、
コスタやアンデスとはまた違った雰囲気です。

街にはモトタクシーが行き交い、
なんとなくアジアの町に近い雰囲気を持っています。

↓プカルパのメルカド周辺
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↓タイやベトナムっぽいでしょ
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ここから船でイキトスへ行き(所要4日以上)、
さらにブラジルへ入るルートも面白そうなのですが、
ペルーの主要観光地にもまだ行ってないのでパス。

↓プカルパのプエルト
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プカルパからヤリーナという町を経由して
シピボという部族の住む
サン・フランシスコ村というところへ行ってきました。

特になにがあるわけでもないのどかな町ですが
例によって一部の旅行者には流行のようになっているところです。

↓村の風景1
 実にのどか
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↓村の風景2
 子供は宿泊先の若旦那の一人娘
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↓村の夕景
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↓サッカー大会
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↓宿泊してた家
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↓部屋?オープンエアーです
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↓家の奥の建物
 村の多くの建物に独特の装飾がされています
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↓木に登ってカイミートをとる若旦那
 柿のような味の甘いフルーツですが
 粘液がすごくて食べるとても口もネバネバ
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いくつかの大家族が集まって村を構成している感じで
会う人会う人、誰かの兄弟だったり親子だったり。
みんな明るくて穏やかで、仲良しでした。

次の日曜が村の95周年記念祭らしく
村のあちこちでそれに向けての準備が進んでいます。
飾りつけは幼稚園のお遊戯会みたい。

↓準備する子供たち
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↓日曜日までは毎日縁日?が出てるよう
 結構楽しかった
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この村にのんびり3泊して
プカルパに戻ってきました。
このあと、リマに戻って
そろそろメジャーな観光地へ行きますよ。

↓村のプエルトの夕景
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↓今日のcerveza en プカルパ
 プカルパ産セルバのビールと
 トルヒーヨで飲みそびれてたトルヒーヨ
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と、ここまでプカルパで書いていたのですが
回線が悪くてアップロードできず。
結局今リマで3日遅れでアップしてます。
いい加減移動しないと・・・。

やっぱりリマは曇ってて寒いし
村シック、分かる気がするわあ。

ヤルノは良かったねえ。
レース自体はあんまりおもしろくなかったけど。


帰ったらもう一回W・バロウズ読んでみよ。


散文。





posted by Yoshimochi at 06:49| Comment(4) | プカルパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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